志田という男(前編)

小説

初日から僕は難題を押し付けられた!

僕は大型製造工場へ出向になった。
出向と言っても9月末までの3週間だ。
すでに7人の社員が出向していて、久しぶりの再会となった。
初出勤の朝礼後、課長から言われた。
「松平君、志田のことは君に一任する」
「ふぇっ?」
僕は頓狂な声を出してしまった。
「志田友作と言います」
振り返ると志田が立っていた。
志田は眼鏡をかけていて色白でヒゲが濃かった。
確かに志田だけ初対面だ。
色々と噂は聞いているけど。

「本社安全課の松平です」
僕は軽く首を垂れた。
「松平君は去年まで現地で現場責任者をしていたんだ」
課長の言葉に、志田がゆっくりと首を垂れた。
志田の頭頂部はかなり薄くなっていて、思わず笑いそうになる。
確か、僕は志田より入社が3年早いけど、年齢は志田の方が2歳上だ。
「志田、忙しいから松平君に来てもらったんだ。それを忘れるな」
志田が小さく頷いた。
そこは返事をするところだろう。
だけどまさか志田の面倒を見ることになるなんて………。

 



 

まずはRKYと作業準備から

早速、現場資材置き場に向かった。
「志田さん、先に行ってください」
「そ、そうでしたね」
場内の事が何も分からない僕の後ろを歩く志田に、僕は早くもイラっとした。
しかも志田の左右に揺れるプリ尻が、さらに僕の怒りに拍車をかける。

場内は天井クレーンが忙しく稼働しており、
製品を研磨する鍛冶屋や、溶接している職人も目に付く。
安全課に所属しはじめの僕には、きっと学ぶことが多いだろう。

まずはRKY(当時はKY、危険予知活動と呼んでいた)からだ。
ホワイトボードに書いていく志田の字は、小さくて右肩下がり。
「僕が書きます」
書き終えた僕は、ホワイトボードを所定の位置に立てた。
「志田さん、お願いします」
志田が今日の作業内容、危険要因などを読み上げていく………。
「志田、声が小さいぞ」
僕の後ろで課長が腕を組んで立っていた。
「松平君、悪いが読んでくれ」
「ふぇっ?」
僕は最初から大きな声で読み上げた。
RKYを終えると、課長が僕の耳元で言った。
「志田には虚言癖がある。注意してくれ」

今日の作業はタービンロータの目視検査。
現地は保守点検。
工場では製造時の検査がメインとなる。
今日の目視検査は昨日、現地の発電所から返送されてきた、
100万キロワットの大型タービンロータだ。

作業準備をしている時だった。
「松平さん………記録用紙取ってきます」
志田がボソッと言った。
「志田さんが戻って来るまで、僕は何をしていればいいですか?」
「一服していて下さい」

僕は喫煙室に入りタバコを吸った。
喫煙室のドアが開いた。
「一服にはまだ早いんじゃないのか?」
現場パトロール中の安全担当者から指摘を受けてしまった。
「志田の野郎………」

 

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まさかここまでとは………

30分後、志田が戻ってきた。
事務所までかかっても往復15分だ。
つまり志田は記録用紙を用意し忘れていたということになる。
志田が呼吸を整えてから言った。
「すいません、ウンチしてました」
「はあ?」
僕はイラっとした声を出した。

10時のチャイムが場内に響き渡った。
「一服しますか?」
志田がにやけた。
「しません。やりましょう」
僕は志田からバインダーをひったくった。

ここからは酷かった。
志田は目視検査で使用するコンベックスと金尺まで、
事務所のロッカー室に忘れていたのである。
先ほど記録用紙を取りに戻ったのにも関わらずだ。

仕方がないので僕が目視検査をしながら、
動翼に認められた浸食部の位置と寸法を志田に伝えた。
「す、すいません、松平さん、今どこの寸法ですか?」
志田の声は本当に小さくて、現場では聞こえづらい。
「タービン側、L-oの入口側、5-4です」
「える…ぜろ?」
「最終段のL-oですよ」
「あぁ~はいはい」
志田の返答に、僕はイラっとした。
いつも使っている専門用語だろうという言葉を僕は飲み込んだ。
「L-1ですね?」
「L-oだってば!」
僕は声を荒げてしまった。
「蒸気出口側でしたね?」
「入口側だ。もういい」
僕は志田からバインダーをひったくると、自分で記入した。
志田にバインダーを戻した。
志田の唇が尖っていた。

 

通常の3倍の時間を要したものの、浸食部の寸法取りが終わった。
10時の休憩をしていたら午前中には終わらなかっただろう。
とにかく、志田が頓馬すぎる。

後はデジカメで浸食部の写真を数枚撮ったら、目視検査終了だ。
志田が電工ドラムをセットし、そこにハンドライトの電源を差し込んだ。
L-oとL-1の動翼の間に入った僕は、L-oの動翼の浸食部にデジカメの
ピントを合わせた。
「もう少しライトを斜め上から照らして下さい」
僕は志田にお願いした。
志田は僕の斜め後ろからハンドライトを照らしている。
「こうですか?」
「いやっ。その角度だと浸食部が光ってしまって映らないので」
「こうかなぁ?」
「逆ですね」
「難しいなぁ」
ため息をついた志田の吐息が、僕のうなじにかかった。
「臭ッ」
「はいっ?」
「志田さん、いまこう見えているんですよ」
僕はデジカメの液晶画面を志田に見せた。
「あぁ…なるほど」
志田が液晶画面を見ながら持っているライトの位置を調整し始めた。
やっと理解してくれたかと、僕も安堵した。
志田の口臭が、また僕の鼻腔に届いた。
臭い。
マジで臭い。
早くしてくれないか。
そんなに難しくないだろう。

「うわっ」
志田が頓狂な声を上げた。
僕は横を見た。
志田が仰向けに倒れた。
電工ドラムに右足がぶつかって転倒してしまったのだ。
電工ドラムを近くに置きすぎたのが原因だ。
僕は気づいていたけど、まさか志田がそこまでの頓馬だとは
思わなかった。
これは本社の安全課に所属して、初めての失態だ。

「君、ここは寝るところじゃないぞ」
最悪だ。
安全担当者に見つかってしまったではないか。
志田がすぐに立ち上がっていれば免れたかも知れないのに。
本当に、本当に、志田が頓馬すぎる。

僕は志田を起こすと同時に、志田の上着ポケットからPHSを奪った。
そして僕は課長に一報を入れた。

 

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5分後、課長がすっ飛んできた。
課長の顔色は真っ青だ。
僕たち3人の頭上に、安全担当者からの雷が落ちた。
安全担当者は、どんな些細な事でも安全面について指摘をしてくる。
それが彼らの仕事だからだ。
それくらい安全を保つのは大変なのである。
今回は現行犯逮捕。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。

当然、現場作業は中断になった。

午後からは緊急ミーティングを開催。
志田と僕は始末書を書かされた。

その後、課長と志田と3人で場内のお偉いさん方にお詫び行脚を実施。

16時、3人で安全担当者から再教育を受けることになった。
その間、志田の唇はずっと尖ったままだった。

翌日の朝礼後、課長が言った。
「松平君、悪いが来週から志田と出張に行ってくれ」

僕の視界が銀色に包まれた。

 

 

【後編へ続く】

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