志田という男【後編】

小説

山口県の火力発電所に出張

東京駅14時出発の新幹線に乗った僕は、1人だ。
志田が乗り遅れたのだ。
31歳の大人が電車に乗り遅れる?
僕はシュウマイ弁当を食べながら缶ビールを飲んだ。

今日は日曜日で、ビジネスホテルへの移動のみ。
なので今日中にチェックインすれば、何ら問題はない。
そもそも僕は一人で移動しようと決めていた。
ところが志田がどうしても一緒に移動して欲しいと懇願してきたので、
渋々僕は了承したのだ。

先週、工場で安全不適合を起こし、僕と課長を巻き込んだ志田。
今日は先輩の僕を待たせ続け、当人は新幹線に乗り遅れる。
どこまで迷惑をかけるのだろうか?

先ほどから僕のスマホが震え続けている。
今になってやっと志田が電話してきたのだ。
僕はスマホをリュックサックにしまった。
「いい天気だ」
雲一つない快晴。気温29度。
9月に入ってもまだ残暑が厳しいけど、朝晩は涼しくなった。
初めて行く山口県には、どんな出会いが待っているのだろう。
僕は2本目の缶ビールを開けると、ポテチも開けた。

 

現場初日、安全教育終了

まずは事務所に届いている資機材を、現場に移動する。
それからRKYを実施すれば、もうお昼だ。

「志田さん、現場に行こうか」
僕の呼びかけに対して、志田が黙ってこちらに歩いてくる。
「安全帯は?………志田さんっ!」
突然、志田が後ろに倒れた。
「おいっ」
僕の声が事務所内に響いた。
幸いヘルメットを被っていたので、後頭部直撃は免れた。

安全教育の講師を務めた、稲光さんがやってきた。
先週の工場での悪夢が僕の脳裏によぎった。
「顔色が真っ青じゃないかと、受講中に言おうと思っていたんだ」
稲光さんのメガネが光った。
「志田さん、大丈夫? 起きれる」
「いやっ………このまましばらくこうしていたいですぅ」
志田の声はもはやほとんど聞こえない。
それも薄目の状態で言っているので、笑いそうになる。
「なんだコイツは?」
稲光さんのメガネが曇った。
「すみません。きっと貧血だと思います」
「松平さん、それはちがいます!」
志田が瞬時に返してきた。
「それなら立てるだろう」
僕もイラっとして言い返した。

「とにかく、医務室へ連れて行くか」
稲光さんと僕で、志田を抱えて医務室に行った。

医務室のベッドで寝ている志田に僕は声をかけた。
「熱もなく血圧も安定している。何が原因かわかる?」
僕は志田に対して敬語を使うのをやめた。
「たぶん…頑張りすぎたんだと思います」
志田の声は本当に小さくて聞きずらい。
「何を頑張ったんだ? まだ現場にも出ていないのに」
「実は昨日の夜………」
志田が語り始めた。

 



 

志田が語ったこととは………

「実は昨日、18時からアイドルのコンサートがあったんです」
志田が目をつぶったまま、ボソッと言った。
「どこで?」
「北九州です」
「えっ? じゃあ新幹線で?」
「そうですよ。乗り遅れたので、直で行きました」
「それだと領収証を貰っても清算できないぞ」
「いいんです。それは」
志田の唇が尖った。
何とも言い難けど、腹が立つ顔だ。

「20時にコンサートは終わりました」
「楽しかった?」
一応、感想を聞いてみる。
「松平さん、それは愚問ですよ」
志田がにやけた。
目をつぶったままにやけた。
僕は志田のデコをめがけて、軽くチンコロをした。
「痛い。暴力だ」
「ごめん、ハエが止まってたから」
「チンコロではハエを倒せません」
志田の声に張りが出てきた。
「悪かった。それで?」
「あのアイドルたちに、僕は人生を救われたんです」
「はあ………」

詳細はこうだ。
志田は小4から高3まで、クラスから総スカンを喰らっていた。
そんな中、テレビで見たアイドルに一目ぼれをした志田は、
高1の時に初めてコンサートを見に行った。
そこで志田は歓喜の涙、随喜の涙を流し続けた。
そして何とか高校を卒業できた志田は、無事に就職する。
だけど就職先でも総スカンは続き、志田は転職を繰り返した。
志田にとって、アイドルはまさに恩人であり、神なのだ。
だから可能な限りコンサートに参加しているそうだ。

志田の意外な面を見た僕は、トイレに行った。

 

 

志田という男の正体

トイレから戻ってきた僕は、愕然とした。
志田がこちらに背中を向けて寝ていたからだ。
しかも上半身を脱いでいた。
「その傷は?」
志田の上半身の殆どが、ミミズ腫れになっていた。
内出血して紫色になっているところもある。
「やられました」
「誰に?」
志田がゆっくりと仰向けになった。
「女王様に」
志田がこちらを見た。
志田の目がとろんとしていた。

詳細はこうだ。
最寄り駅に到着したのが昨日の22時過ぎ。
頓馬な志田は、駅の南口を歩いてビジネスホテルを探していた。
駅の南口は飲み屋街とネオン街。
ビジネスホテルは駅の北口なのだ。
そのままネオンに誘われるまま風俗店へ。
それもSM店で、志田は2時間コースをプレイした。
が、そのまま女王様に反抗できず、プレイ続行。
4時間で6発発射。
48000円を支払った。
つまり、SM店からボラれたのである。

SM店を出たのが午前3時。
彷徨い続けビジネスホテルに到着したのが午前4時。
寝坊するといけないので、志田は一睡もしなかったそうだ。

僕は大きくため息をついた。
志田といる限り、出張は楽しめそうにない。

 

 

僕は咳払いをしてから言った。
「志田、君は仕事をなんだと思っているんだ?」
僕はもはや志田を呼び捨てにした。
「それは生活の糧ですよ」
志田がまたにやけた。
僕はイラっとした。
「お前ひとりで仕事をしているわけじゃないんだぞ」
志田の唇が尖った。
「先週の工場の件と言い、昨日の新幹線に乗り遅れる、アイドルのコンサートからのSM店で朝方まで過ごす。その反動によって現場初日でこの様じゃないか」
僕は一気に言った。
「僕の立場はどうなる?」
「そ、それはわかりませんよ」
志田が素っ気なく言った。
「せめてわかる努力をしろ!」
僕は今まで座っていた丸椅子を蹴っ飛ばした。

「うわあああああっ」
志田が叫びながら、ベッド上で手足をジタバタさせはじめた。
これが志田の本性だ。
自分よがりで他人の事はおかまいなし。
自分の殻に閉じこもり、困るとすぐに不貞腐れ、そしてわめく。
今日までこのように生きてきたのだろう。
もういい。うんざりだ。
こいつの面倒を見るのは不可能だ。
こっちのメンタルが持たない。
僕は志田の鳩尾めがけて、右拳を下そうとした。

「ガラガラッ」
医務室のドアが開いた。
「松平君」
課長だった。
スーツ姿の課長が息を弾ませながら立っていた。
僕は稲光さんと一緒に志田を医務室へ運んだ後、本社の安全課と、
工場課長の携帯に一方を入れておいたのだ。
「課長も出張中だったんですか?」
僕の問いかけに課長は小さく頷いた。
「先週の土曜日から緊急対応で広島の石炭火力に行ってたんだ」
「無事に終わったんですか?」
「何とかね。松平君から電話をもらった時、ちょうど広島駅についたところでね」
まさか課長が来てくれるなんて。
これは運がいい。
僕は大きく深呼吸をした。

課長がネクタイを緩めながらこちらに向かってくる。
「か、課長…松平さんにやられました」
志田がぐずりながら課長に上半身を見せた。
「お前ふざけるな」
僕の全身が一気に熱くなった。

「志田、酷くやられたな」
課長の呼びかけに、志田が泣きだした。
「はいっ………もう松平さんは容赦しないんです」
志田が課長に見えないよう、僕に向かってにやけた。
「起きれるか?」
課長の優しい声に導かれながら、志田がゆっくりと起き上がった。
「馬鹿者が!」
課長が志田の右頬をビンタした。
甲高い音が室内に響き渡った。
「松平君、本当にすまなかった」
課長が僕に首を垂れた。
「志田、今すぐ荷物をまとめろ」

 



 

午後から、志田は課長と一緒に工場へ戻って行った。
本社が、2名の作業員を手配してくれた。

1ヶ月後、志田は会社から厳重注意を受け、2等級降格となった。
志田の基本給はおよそ25000円下がった事になる。

半年後、志田は工場から離れ、本社の安全課に転属となった。

「ま、松平係長、なんでしょうか?」
怯える志田に僕は言った。
「明日から大分火力発電所に出張だ。段取りを頼む」
志田が駆け足で資材置き場に向かった。
僕はパソコンを閉じると、大きく伸びをした。
そして資材置き場に向かった。

 

 

【了】

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