クリームシチュー(ひろみちゃんからの卒業)

エッセイ

「いっぱい食べてね♪」
彼女がテーブルの上に置いたクリームシチュー。
僕は背中に悪寒が走った。
僕はクリームシチューが食べられないのだ・・・。

 

忘れられない! 小学校3年生の冬!!!

この日は授業が5時間目までしかない、週に1回のラッキー水曜日だった。
僕は2組のまさひさ君を、昇降口を出た先の壁に寄りかかって待っていた。
一緒に下校しながら、どこに遊びに行くかを話し合うために。

昇降口から出てきたのは、同じクラスのひろみちゃんだった。
元気が良くて目が大きいひろみちゃん。

ひろみちゃんが段差につまづいた。

ひろみちゃんは正座をした状態でアスファルトを見ている。赤色のランドセルが重たそうだ。
僕は壁の側面に隠れた。
何もしていないけど、隠れた方がいいと体が反応したのだ。
大丈夫。見つかってはいない。

 


 

この後、僕は初めての経験をすることに………

僕は顔だけ出してひろみちゃんを見た。ひろみちゃんとの距離はわずか3m。
みぞおちの辺りがソワソワしている。
正座をしてアスファルトを見つめていたひろみちゃんの目が、すごく大きくなった。
ひろみちゃんの両肩が上下に動いている。
しゃっくりが出たのかな?

「おろろろろろろろろっっ」

ひろみちゃんが、ゲボをした。

突然のゲボだった。
つまり、ひろみちゃんの口から、給食で食べたクリームシチューが出できたのだ。
ひろみちゃんのゲボが、クリームシチューが、アスファルトに広がっていく………。

僕はまだゲボをしたことがないけど、あんな声が出るんだと思った。
ゆっくりと顔を上げたひろみちゃん。顔が白くなって、目が赤くなっている。

ひろみちゃんがこっちを見た。
危ない!!!
僕は壁の側面に隠れた。
見つかった?
いや、セーフだ。
ひろみちゃんが動いている音がする。
ひろみちゃん、気づかないで………。

僕はほんの少しだけ、壁から顔を出した。
ひろみちゃんが立ち上がったところだった。
よかった。どうやらバレなかったようだ。

自分のゲボを見下ろしたひろみちゃんは、そのまま帰って行った。

「えっ………片づけないの?」

僕はおそるおそるアスファルトに飛散した、ひろみちゃんのクリームシチューを見た。

「う、動いているじゃん」

アスファルトの傾斜で、ひろみちゃんのクリームシチューが僕に向かってきているのだ。
ひろみちゃんがゲボをしている、あの声が蘇ってくる………。

「いやだあああああぁ」

僕は裏門に向かってダッシュした。

翌日、まさひさ君に謝った。お腹が痛くなったから先に帰ったと嘘をついた。
まさひさ君は僕を信じて許してくれた。

一方のひろみちゃんは、いつも通り元気に授業を受けていた。
そして、給食も完食した。
ひろみちゃんのクリームシチューは、誰が片づけたのだろう………。
以来、僕はクリームシチューを食べられなくなった。グラタンも同様に。



さあ、どうする?

「どうしたの? 食べないの?」
彼女の声で僕は現実に戻された。
まさか彼女の家に招かれた一発目に、クリームシチューが出るとは。
ハンバーグ、肉じゃが、豚カツを予想した僕が甘かった。
せめてカレーライスであって欲しかった………。

僕と彼女は同い年で、同じ大学に通っている。付き合っておよそ1ヶ月。
きっと彼女は僕の為に、頑張ってクリームシチューを作ってくれたのだ。
「美味しくな~れ♫」と言いながら、何度もクリームシチューをかき混ぜたに違いない。

彼女の上下ピンク色の部屋着も、水色のネイルも、可愛くて最高なのに、
なんでクリームシチューなんだ!!!

僕は缶ビールを飲み干すと、「レモンサワーある?」と彼女に聞いた。
もう、と言いながら彼女が席を立った。

考えろ。考えるんだ。全知全能をかけて考えるんだ!!!

すると、電子レンジの横にある棚に、食パンが置いてあった。
「食パンも食べていい?」
「いいよ。パン好きなんだ」
「うん………」
彼女がレモンサワーと食パンを置いてくれた。

僕はあらためてクリームシチューを見た。
牛肉、ジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、グリンピースが入っている。

あの事件後、僕は何度もクリームシチューを食べようと頑張ったけどダメだった。
どうしてもあの光景を思い出してしまうのだ。

ひろみちゃんの顔が浮かんできた。
僕は瞬時に脳内から追い出した。

 


 

これは神様からの試練だ。
僕がクリームシチューから逃げる度に、神様は追いかけてきていたのだ。
つまり、僕自身がこの試練を乗り越えるしかないのだ。

彼女は微笑みながら、僕が食べるのを待っている。
僕は意を決した。
僕はレモンサワーをグラスに注いだ。
食パンを半分にちぎると、クリームシチューにつけた。

ゆっくりと左右にパンを揺らす。
そしてヒタヒタになった食パンを、僕は口に入れたと同時に、
グラスを口に運んで胃に流し込んだ。

久しぶりのクリームシチューの味は、どこか懐かしかった。
普通に食べるにはまだ抵抗があるけど、この方法ならイケるぞ!

「ゆっくり食べなきゃ」そう言いながら、彼女もようやく食べ始めた。

結果、僕はクリームシチューを完食することに成功した。
食パンを3枚喰らい、レモンサワー2缶を飲み干した。

この後、僕は泥酔してしまい、彼女とは結ばれなかったけど、僕は大満足だった。
だって、クリームシチューを完食し、神様の試練に打ち勝ったのだから。

翌朝、残っていたクリームシチューを、彼女と一緒に食べた。
僕は食パンやお酒に頼らず、クリームシチューを完食した。

とても美味しかった。

やったぞ、ひろみちゃん!!!

 

【了】

いい大人のためのラブレター【シカケテガミ】

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