営業マンたちの引っ越し作業(後編)

小説

僕たちは福祉用具の販売およびレンタル会社

介護認定を受けた居宅や施設に対し、僕たちは福祉用具の販売および
レンタルを推奨している営業マン。
福祉用具課で人員が足りなければ、僕たちも福祉用具の設置や
メンテナンス業務を手伝う。
毎年介護認定を受けるお年寄りは右肩上がり。
特養などの老人ホームに入居するにはおよそ2年待ちで、
しかも要介護3以上でないと入所する権利さえないのだ。
入所待ちをしている間に、天に召されてしまうケースが後を絶たない。
だから要介護になる前に、要支援の段階から福祉用具の杖や歩行器等を
お使い頂き、家族は全介助ではなく、本人の自立支援を促しながら
今の生活を維持して欲しいのだ。
そうすれば本人だって最後まで自宅で過ごすことが可能になる。
人生の最後が施設入所………。
本当に介護で困っている家族を除けば、誰だって施設入所など
したくないのだから。
その為に、僕たち福祉用具の営業マンが存在するのである。

僕は冷蔵庫の上側を持った。
「いくぞ。せーの」
課長がモーターのついた重い下側を持ってくれている。
「段差に気をつけろ」
「はい」
先ほどの雷雨で地面がぬかるんでいる。
空は何事もなかったかのようにピーカンに戻っていた。
2トン車の手前まで運んできた。
「このまま上げて大丈夫か?」
「大丈夫です」
僕はそう答えたけど、すでに握力が限界。
「先輩、片方を持ちます」
後輩が手伝ってくれた。
「おいおい。重いのはこっちだぞ」
課長の声にみんな集まってきた。

無事に冷蔵庫を荷台に乗せる事ができた。
「OK! あおりを立てて紐で縛って固定してくれ」
2トン車は冷蔵庫2、箪笥3、食器棚2、本棚2、化粧台2、
その他不要になった電化製品を積んで満員御礼となった。
「2トン車縛り完了。キャラバンも積めません」
後輩が大声で報告した。
そう、軽自動車4台、キャラバン、2トン車すべて満員御礼となったのだ。
時刻は13時30を過ぎた。

 




 

チャーハン500円、餃子300円、野菜炒め500円

近くで車が停車する音が聞こえた。
僕は軽自動車の運転席から降りた。
汗もひいてポロシャツを着替えたので幾分すっきりした。
耳元で蚊の羽ばたく音が聞こえた。
右手で叩いたけど手のひらに蚊はいなかった。
「蚊は1秒間に500回以上もホバリングするんだ」
課長が僕の後ろに立っていた。
「あの、ぷーうんっていう音は、蚊のホバリングってことですか?」
「そう。蚊のメスだって栄養を取るためには仕方がないよな」
課長は雑学王。なんでも知っている。
当然部下に対する指示も的確で上司からの信頼も厚い。
そんな課長が、いくら想定外の引っ越し作業をすることに
なったとしても、こんな無計画はあり得ない。
だとしたら、犯人は社長しかいない。

軽自動車の間から両手に岡持ちを持ったおじいさんが現れた。
「こっちのヨシ子さんだったけェ?」
僕たち6人を素通りしたおじいさんは、縁側に岡持ちを置いた。
「はぁ~こえッ」
おじいさんは天を仰いだ。
白い割ぽう着に茶色い染みがたくさん付着している
「和さん、まだ疲れてないでしょうに」
ヨシ子さんが和さんの肩を叩いた。
「国道沿いのヨシ子さんだと思ってよォ。えらい遠回りしちまった」
「和さん、おいくらかしら?」
「チャーハン6の餃子6の野菜炒め2で……5800円ってとこか?」
「ふふっ…よくできました。お釣りはいいからね」
ヨシ子さんは6000円を手渡した。
「め、面目ねェ………ヨシ子さん引っ越しヶ?」
ヨシ子さんが小さく頷いた。
「しかしよォ…よくこれだけの若い衆を集めてきたな」
「あらやだ」
ヨシ子さんが和さんの右腕をバシバシ叩いた。

「みんな食べよう」
課長の号令で全員がチャーハンに食らいついた。
確かに美味しい。
パラパラのご飯とチャーシューの甘味がいい。
ラードと醤油、塩コショウが抜群。
餃子もニラたっぷりで美味。
平皿に盛られた大盛りの野菜炒め。
ニンジンのカチカチを除けば、合格点。
とくに豚バラとキクラゲが最高。
このボリュームで1皿500円はお得だ。
僕らがガッツいている時、ヨシ子さんはうちわで
仰ぎながら終始、ほほ笑んでいた。
本日3本目のペットボトルが空になった。

 

ふるさとプレミアム

 

張本人現る!

14時30分。
これから移動して本社に16時。
荷下ろしをして各車両を掃除して日報を書いてちょうど定時。
だけどあと3部屋分の荷物と物置が手つかずのまま残っている。
どうするのだろう………。

遠くから車のエンジン音が聞こえた。
僕たちは通りに出た。
一列に並んだキャラバンがこちらに向かっている。
「き………9台も来てる」
後輩の裏返った声を聞いた全員が笑った。
9台って事は、福祉用具課の全車両だ。
みんな自分たちの仕事を後回しにして駆けつけてくれたのだ。
11時30分の休憩時に、課長が電話で応援を頼んでおいたのだ。
課長、ナイスタイミング!!!
さらにスポーツドリンクと栄養ドリンクも持ってきてくれた。
僕らは満員御礼となった車両を空き地に移動した。
そこに真っ黒のプリウスが停まった。
降りてきたのは社長だった。
右手には缶ビールを持っている。
「ご苦労様。何とかあと4時間で終わらせよう」
社長が缶ビールを開けた。
僕たちの目の前で喉を鳴らしながら缶ビールを飲む無神経さ。
「よし。3時間で終わらせるぞ」
課長が言ったその一言で、僕たちのやる気に火がついた。

 

宝くじゲット

 

ここからは早かった。
要領を得た営業マン6人が指示を出しながら、福祉用具課の9人が動く。
人海戦術でどんどんキャラバンに積み込んでいく。
社長は縁側に座ってヨシ子さんの話をアテに缶ビールを飲んでいる。

「おーい。ヨシ子さんよォ」
キャラバンの間から和さんが現れた。
社長が酒のアテを頼んだのだろうか。
だけど割ぽう着を来ている和さんは手ぶらだ。
「うちの倅、連れて来たから使ってやってくれ」
和さんの後ろからガテン系の2人が現れた。
「2トン車2台で来たからよォ。こっちに積んじゃうべョ」
「助かります」
課長が大声で答えた。

結果、キャラバン5台、2トン車2台で積み終えることができた。
物置が意外と奥行きがあり、箪笥や学習机、業務用の冷蔵庫など大物が多かった。
和さんの応援がなければ、全ての荷物は積みきれなかった。
時刻は17時20分。2時間50分で作業を完了できた。
空っぽになった室内を僕は見渡した。
こんなに広くて風通しが良いなんて初めて気がついた。
築55年、まだ雨漏りすらしていない丈夫な木造住宅であると再認識した。
ヨシ子さんが何かを確認するように室内を歩いている。
賑やかだった家庭。
3人の娘さんは結婚してそれぞれ都内に住んでいる。
5年前に先立たれたご主人。
きっとヨシ子さんは大切な想い出を大事に拾っているのだろう………。

 

「皆の者、大儀であった!」
赤ら顔をした社長がフラフラしながら僕たちの方に歩いてきた。
「あいつは仕事ができねえべゃ?」
和さんがボソッと言った。
「あ? 俺は社長だぞ」
社長が大声で言い返した。
「面目ねェ」
和さんが平謝りした。

「みんな本当にありがとう。帰ろう」
社長を助手席に乗せた課長が先頭を走り出した。
軽自動車4台、キャラバン10台、2トン車3台、社長のプリウスを合わせると
合計18台の車両が、1時間30分かけて会社に戻る。
積載量ギリギリの荷物と帰宅ラッシュ時間帯を考えると、
2時間はかかるかも知れない。
18台でのツーリング。
しかも社長のプリウスは和さんが運転、助手席にはヨシ子さん。
最高じゃないか!
ヨシ子さんは本日、生まれて初めてのビジネスホテルに宿泊する。
和さんは息子の2トン車で自宅に帰宅する。
疲れ切って明日の仕事に影響しないといいけど。
僕たち営業マン6人は、普段1人で行動している。
今日は全員で仕事ができたし、また福祉用具課と連携をとりながら、
仕事をするのは良い体験になった。
大汗を流し、全身ネズミの糞まみれになり、何か所も蚊に刺されたのも、
今となっては勲章だ。

僕たちは夕日に導かれながら、高速道路に乗った。

 

「了」

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