初めての酒蔵(4人の思い出)

エッセイ

僕たち4人は、肩を組んだ。
耳元では、夜風が怒っている。
吐息が宵闇に霧消していく。
僕は腹に力を込めてから言った。
「全員肩を組んだな? いくぞ」
僕たち4人は、ゆっくりと歩き出した………。

 

ふるさとプレミアム

 

初めての土地で、初めての休日

新潟県に出張して、初めての日曜日を迎えた。
観光予定だったけど、朝から雪が降っていたので断念。
だけど、1日中ビジネスホテルにいるのは嫌だ。
そこで僕は一計を案じた。

時刻は15時30分。
外は快晴になっていた。
雪が5センチほど積もっている。気温は2℃。
男4人でビジネスホテルを出発した。
緩やかな登りが100メートル続いて、ようやく平坦な道になった。
20分ほど歩いて、古い家屋に入った。
みんなの顔がほころんだ。
そう。ここは酒蔵だ。

酒が好きな4人。
僕以外、みんな日本酒が大好きなのだ。
今日の悪天候と、今後の仕事のピークを鑑み、
みんなを酒蔵に導き、その後居酒屋へ向かうという
段取りを組んだのである。

 



 

酒蔵初体験

4人とも初めての酒蔵だった。
木造の家屋に、伝統を感じる。
目の前テーブルに、一升瓶が10本並んでいる。
営業部の女性が、グラスに注いでくれた。

日本酒嫌いな僕も、一口飲んだ。

「う、うまいやん」

なぜか大阪弁になってしまった。
それくらい美味しい。
日本酒に香りや甘さを感じるとは思いもしなかった。

何も食べず、試飲を続けた。
営業部の女性が、1本づつ丁寧に説明をしてくれるもスルー。
サッカーのスルーパス並みにスルーしていった。

気づけば10本、全て試飲していた。
グラス1杯、80㎖。
合計800㎖。
およそ日本酒4合を飲んだことになる。
4人全員がすでに出来上がっていた。

 

新潟に滞在していることを失念した結果………。

酒蔵を出ると同時に、17時のチャイムが鳴った。
外はすでに日が落ちていた。
道路を挟んだ向かい側に、赤ちょうちんが見えた。
今宵の居酒屋だ。
ここで、おでんを喰らうのである。

お口直しにビールで乾杯。
ちくわ、大根、たまご、がんもどき、はんぺん………。
空腹だったので、みんなで貪り喰らった。

当然のことながら、日本酒も飲んだ。
それも先ほど試飲してきた種類の日本酒を。

もう僕たちは無敵。誰も止めることはできない。

店主の閉店と言う言葉で、僕たちは席を立った。
時刻は22時を過ぎていた。

夜空が星たちで埋め尽くされていた。
僕たちはビジネスホテルに向けて歩き出した。

6時間の間に、日本酒だけで1人、8合を飲んだ。
それ以外にも、ビールやハイボール、レモンサワー………。
全員が千鳥足になって当然だ。

でも、たまにはいいじゃん!
一度きりの人生だ。
楽しく生きようが、苦しく生きようが、それは個人の自由だ。
結果が出れば、その波に乗ればいい。
結果が出なければ、リトライ。もしくは逃げてもいい。
大丈夫、人生は何とかなる!

路地を曲がった時だった。

「あ、あぶない!!!」

4人の中で、1番の酒豪である、西之谷が叫んだ。

歩道が凍結している。それもカチカチだ。
ビジネスホテルまで、残り100メートル。
ここから先は、緩やかな下り坂が続いている。

僕は振り返った。
居酒屋からここまで、歩道は凍結していなかった。
なんでここから先が?
それも下り坂ではないか。
午後からの気温上昇で、歩道や空き地に残っていた雪が溶け出し、
夜の帳が下りると同時に、凍結してしまったのだ。

この時、僕の脳裏に名文が蘇った。
【長いトンネルを抜けると雪国であった】
川端先生、僕たちは先生の名文を軽んじておりました。
ここは雪国、新潟だったのであります。

 

 

 いざ、参らん!!!

「みんな肩を組もう」
2番目の酒豪、細貝が言った。

「そうら。そうら」
4番目の酒豪、体重99キロの西本が、ろれつの回わらない声で言った。

「全員肩を組んだな? いくぞ」

僕の号令と共に、4人が一列になって、ゆっくりと歩き出した。

一歩ずつ、歩幅を合わせて慎重に下っていく。
自分の鼓動がはっきりとわかる。
僕は緊張しているのか?
それとも単に飲み過ぎて、動悸が早くなっているだけなのか。

僕は全神経を、自分の足元に向けた。
みんなも無言のまま、集中している。

残り50メートル。

ビジネスホテルの看板を、はっきりと捉えた時だった。
宵闇に、パンと乾いた音が響いた。
「あっ………」
4番目の酒豪、西本が屁をこいたのだ!!!

全神経を足元に集中していた僕たちは、一瞬、西本の屁の音に引っ張られた。

僕はその場に尻もちをついてしまった。

僕の左隣、1番目の酒豪、西之谷は踏ん張った。

僕の右隣、2番目の酒豪、細貝はその場に尻もちをついた。

細貝の右隣で、縁石側を歩いていた4番目の酒豪、西本が滑り出した。

「西本!」

滑り台を滑る子供よろしく、西本の背中が遠ざかっていく。

ろれつが回らないほど泥酔している西本。
自分の屁で自爆した西本。
手足を使って、縁石に止まるという単純作業すら、今の彼にはできないだろう。

「西本ォ………」

西本の体重は99キロ。
このまま加速がつけば、西本はビジネスホテルを通過し、国道に出てしまう。

「西本、電柱だ。電柱につかまれ!」

歩道の真ん中に、電柱が立っていた。
これは運がいい。

西本のケツが、わずかに浮いた。
西本は自分の左腕を電柱に絡ませた。

西本が1.5回転して止まった。

「ら、られが僕を押した」

西本が大声で叫んだ。

僕たちの笑い声が、夜空を駆け巡った。

 

【了】


コメント

Translate »
タイトルとURLをコピーしました