持ち帰ってどうするの? 20代男性!
19時過ぎ、僕はスーパーに到着した。
出船駐車完了!
無風の満月の夜。気温は未だに27度もある。
今日も疲れた。サッと買い物をして帰ろう。
アルコール消毒後、僕は籠を持って入店した。
店内はガラガラ。
野菜コーナーには、僕に背を向けて立っている男性しかいない。
するとその男性が、勢いよくこちらを向いたと同時に、
足元に置いてあった段ボールを蹴ってしまった。
段ボールが、僕の方に向かってくる………。
段ボールは、A4サイズのコピー用紙箱より、ひと回り大きい。
倒れることなく向かってきた段ボールを、僕は右足で止めた。
CR7みたいに、ピタッと止めた。
段ボールは上面が空いていて、中身は空っぽだった。
僕は視線を上げた。
今度は男性が早歩きでこちらに向かって来るではないか………。
男性はおかっぱ頭で、Tシャツに短パン、ビーチサンダル姿。
それもかなりガリガリで、全く日に焼けていない。
僕は男性とぶつかると思い、段ボールを軽く蹴って右側に移動した。
つまり、男性の進路を開けたのだ。
僕は、男性が右手に透明のビニール袋を持っていることに気がついた。
その袋の中に、緑色の物が入っているのを僕は見逃さなかった。
僕は閃いた!!!
男性が蹴飛ばした段ボール。
それは、キャベツの外葉を捨てる段ボールだったのだ。
外葉は虫に喰われていたり、変色しているケースがほとんどで、
外葉を1、2枚捨ててから籠に入れる客が大半を占める。
だから売場には外葉を捨てる段ボールが置いてあるのだ。
では男性が右手に持っていた透明のビニール袋は?
それは簡単だ。
玉ねぎやナスを単品で購入する際のビニール袋だ。
段ボールに捨てたキャベツの外葉を、男性が透明のビニール袋に入れて
持ち帰ったのである。
外葉は捨てる部分であるにしろ、無断で持ち帰ったのなら、これは万引きに他ならない。
だけど外葉を持ち帰ってどうするのだろう。
ウサギやハムスターに食べさせるのか、それともまさか自分で食べるのか………。
あのガリガリ体型から察すると、食べる可能性はあるかも知れない。
僕は段ボールをキャベツ置き場の真下に置いた。
男性よ、君は若人だ。まだまだやり直せる!
盆だからけーれョ! 70代男性!
僕は缶ビールを籠に入れた。
買物終了。レジに行こう。
後方からカートの音が聞こえたので、僕は何気なく振り返った。
白髪で水色のつなぎを着たおじいさんが、ちょうどカートを止めたところだった。
おじいさんは僕の目を見てから言った。
「盆だからけーれョ!」
けーれョとは、簡単に言うと、帰れよの方言だ。
確かに今日は8月15日。お盆だ。
僕は13日に、家族でお墓参りに行った。他は何もしていない。
親戚が我が家に集まることも、ほとんど無くなった。
だけど赤の他人に対して、お盆だから帰れと言うのは無理がある。
まさか、このおじいさんは僕にしか見えていないのだろうか?
お墓参りに行った時に、僕がおじいさんを連れてきたのかも知れない。
第一、こんな時間におじいさんが1人でカートを押している方が怪しいではないか。
ちなみにカートには何も入っていない。
水色のつなぎを着ているおじいさん。
私服がつなぎとは珍しい。
仕事帰りなのか? お盆なのに? 設備屋さんか?
「けーれョ。倅はなおさらだ。今日は盆だから、さっさとけーれョ!」
おじいさんが少し笑ったように見えた。
確かにおじいさんは存在している。
だけど、ちょっと怖い!
僕は咳払いをしてから言った。
「も、もう帰りますよ」
僕の声は震えていた。
大きく頷いたおじいさんが言った。
「そうだョ。けーれョ! 盆だからけーれョ………」
おじいさんの後ろから、店員が2人現れた。
会計を済ませた僕は、車に乗ってエンジンをかけた。
車の窓を全開にしてスーパーの駐車場を出た。
赤信号で止まった。
「盆だからけーれョ!」
おじいさんの声が聞こえた。
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